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昭和35年創業の(有)竹内工務店の子会社として昭和55年2月に創業。
当時の様子を関係者の写真と共に振り返ってみました。 |
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| 父.竹内慶一と息子.謙二 |
私の記憶にある父は、いつも忙しく仕事をしていました。
幼い頃より一緒に遊んだ記憶はほとんどないのですが、父について工事現場に行き、仕事をしている父を見ていました。共に同じ仕事をするようになってからも、厳しい父でした。私には多くは話さない父でしたが、今更ながらに存在の大きさを感じています。 |
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| (有)竹内工務店 創業者 竹内慶一 |
自分がいいと思ったことは、どんどん採り入れ実行していく人でした。
出雲市街地にまだ田畑が多く存在する時代に建築・土木工事業を始め、多くの公共の建物や住宅を手がけて地域の発展に努力しました。仕事人であると同時に人を大切にする人でもありました。この想いが福祉事業である老人ホームや保育園の開設になりました。
日々の生活態度は、質素でした。裏を返して言えば堅実さであったと言えます。
平成4年2月4日 逝去 |
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昭和55年 |
| 親会社である竹内工務店の社屋の一角に間借りをして妻と二人で営業を開始しました。経理のこと、経営のことを一から教わりました |
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昭和62年頃 |
| 長男が産まれ、事務所の一角を託児所のようにして育ちました。出入りの業者さんに可愛がってもらいました |
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昭和62年 |
若い社長を支えるためにと下請け業者さんが結束して「あすなろ協力会」を設立。
勉強会やリクレーション大会など活発な活動をする会です。 |
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昭和63年 |
| 地元工務店では初めてのモデルルームを新築しました。まだモデルルームがめずらしい頃でしたので新しい情報提供に喜ばれました。 |
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平成元年 |
社屋を新築して独立することになりました。
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平成2年 |
パソコンで図面を作成するキャドシステムをいち早く導入。この頃では、まだ女性の現場監督は珍しく先駆者として先陣をきって努力してくれました。
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平成10年知事表彰受賞 |
| 施工技術が認められて島根県知事より優良表彰を受けました。 |
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平成17年 |
有限会社から株式会社へ組織変更。
地域社会から皆様に建設業を通して貢献できる企業として社員一丸となって一層精進いたします。 |
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